語源|「サドの名が“性質”になった日」
「サディズム(sadism)」は、18世紀フランスの作家・貴族 マルキ・ド・サド(Marquis de Sade) の姓 Sade に由来し、フランス語 sadisme(サディスム)として定着した語です。
語の初出時期は資料で幅がありますが、語源解説では 1834年のフランス語辞書(Boiste 系の辞書の増補版)に “sadisme” が見られる、という説明がよく参照されます。
一方、英語の初出については、OED は1818年の用例を挙げています(語の広まり方・綴り・意味の固定まで含めると、時期の見方が変わります)。
医学・心理学|道徳の言葉が、診断と分類の言葉になるまで

19世紀後半から20世紀初頭にかけて、いまの意味に近い性科学 sexology(セクソロジー)や、法医学や精神医学が形になっていきました。この時代は、性的なふるまいを罪や退廃として決めつける言い方から、実際の事例を観察して記録し、特徴ごとに分類し、ときには裁判でも扱える知識に整える方向へ、大きく流れが変わっていきます。
その流れの中心人物のひとりが、精神科医リヒャルト・フォン・クラフト=エビングです。彼の著作『Psychopathia Sexualis(サイコパチア・セクシュアリス)』は、性的な行動や嗜好を、臨床と法医学の目的で体系立てて整理しようとした代表的な本として扱われます。
また、世界的に参照される百科事典である『 Encyclopaedia Britannica(エンサイクロピーディア・ブリタニカ)』でも、クラフト=エビングが性行動のタイプを分類する試みの中で サディズムや マゾヒズムやフェティシズムといった言葉を用い、その定着に大きく関わったことが述べられています。
ここで大事なのは、彼が言葉を最初に作ったかどうかよりも、その言葉を、診断や分類に使える形に整えて、医療と司法の場で通用する語彙にした点です。結果として、議論の中心は作品や思想から離れて、事例の特徴、危険性、繰り返しやすさ、責任能力、再犯といった論点へつながりやすくなりました。
同じ時代から少し後の性科学者たちも、このテーマを医学の文章として扱っています。たとえば Havelock Ellis(ハヴロック・エリス)は、サディズムとマゾヒズムを論じる際に、残酷さそのものだけを見るのではなく、痛みや闘争の場面が刺激として働くことがある、という観点で整理しています。観察して分類するという当時の雰囲気がよく出る部分です。
さらに精神分析の流れでは、フロイトが『 Three Essays on the Theory of Sexuality(スリー・エッセイズ・オン・ザ・セオリー・オブ・セクシュアリティ)』の中でサディズム・アンド・マゾヒズムを論じ、概念が心理の理論の中にも入り込んでいきます。
そして現代。医学と心理学の用語として重要なのは、サディズムという傾向と、診断名としての障害を区別することです。米国精神医学会がまとめた、精神疾患の診断基準や分類を整理した手引き『DSM-5(ディーエスエム・ファイブ)』以降は、パラフィリア(関心のタイプ)とパラフィリック・ディスオーダー(生活の支障をきたすほどの障害)を分けて考える枠組みが強調され、セクシュアル・サディズム・ディスオーダー(具体的な診断名)もその中で定義されます。

一方、世界保健機関 WHOが定める、病気や健康状態を国際的に同じルールで分類するための基準『ICD-11(アイシーディー・イレブン)』でも、同意があるサディズムやマゾヒズムは対象から外し、問題となるのは非同意であること、という線引きが明確に議論されています。
現代の「サディスト」の意味|同じ一語で、ぜんぶを呼んでしまう危うさ
現代日本語の「サディスト」は、ざっくり3層が混ざって使われます。この3種類がごちゃまぜで使われているので、誤解が起きやすくなっています。

① 日常語のサディスト(性と無関係)
「意地悪」「からかい」「困らせて楽しむ」みたいなニュアンスで、“ちょっとSだよね” の軽口として出る用法。ここでは「加虐=快」というより、相手の反応(困り顔・焦り・負け)を面白がる感じが中心です。研究領域でも、こうした傾向を everyday sadism(日常的サディズム) として扱い、トローリング等との関連で語られることがあります。
② 性の文脈のサディスト(合意のあるプレイ)
BDSMなどの文脈での“S(サド)”は、相手に身体的・心理的刺激(痛み、緊張、屈辱の演出など)を与える側、という説明で語られがち。ただしこの世界では本来、合意・境界線・役割が前提に置かれやすく、日常語の「意地悪」よりも “演出と合意の技法”に寄ることが多いです(だから同じ「サディスト」でも、①とまったく別物になりえます)。
③ 臨床のサディスト(障害として扱う領域)
DSMの議論では、「嗜好がある」こと自体ではなく、本人の強い苦痛・生活機能の障害、または非同意の相手に行為が及ぶ場合に“障害”として扱う、という線引きが重要になります。『ICD-11』でも、同意があるものを除外し、非同意(coercive)側を問題として扱う方向が示されています。
サディズムという言葉は、語源も、医学・心理学での扱われ方も、日常会話での使われ方も、じつはぜんぶ違うレイヤーを抱えています。「俺、ドSなんだよねw」が軽口で済むのは簡単だけれど、どの意味で言っているのかを少しだけ意識すると良いかもしれません。














