緊縛モデルから大正ロマンのミューズへ──お葉という身体の物語

「お葉」という女──大正の身体に宿ったフェティッシュ

お葉(本名:佐々木カネヨ/永井カ子ヨ、1904–1980)は、秋田から上京してきたひとりの少女でした。12歳で母とともに上京し、母は納豆売り、娘のカネヨは人形工場で働きますが、生活はすぐに行き詰まり、やがて東京美術学校の裸婦モデルとして働きはじめます。

そこで彼女は、伊藤晴雨(責め絵師)、竹久夢二(大正ロマンの画家)、藤島武二(洋画家)という三人の芸術家のモデルとなり、さらには愛人・内縁の妻となっていきます。

お葉の存在が面白いのは、「か弱い被害者」として語られがちな一方で、写真や証言を辿ると、むしろ時代のフェティシズムを自分の身体で引き受けつつ、場を選び、関係を切り替えていく、したたかなプレイヤーとしても見えてくるところです。
晴雨の前では“縄に耐える身体”、夢二の前では“病的で憂いを帯びた美人画”、藤島の前では“健康的な女性像”へと、顔つきさえ別人のように変容していく。その変身ぶりこそ、「大正」という時代の不安定さと、女性の身体に投影されたフェティッシュを象徴している、と言ってもいいかもしれません。

晴雨の縄とお葉の身体──SM文化史から見る「緊縛モデル」

東京美術学校のモデル仕事を通じて、お葉は責め絵師・伊藤晴雨と出会います。10代前半の彼女は、晴雨の緊縛作品のモデルとなり、やがて愛人関係にもあったとされます。

晴雨の絵に登場する女性たちは、縄の食い込み、肌のうっ血、身体のねじれ方がやたらとリアルです。これは「緊縛の技術書」として後世のSM雑誌から引用されるほどで、そのリアリティを支えたのが、実際に縄を受けていたモデル=お葉たちの身体でした。戦後SM雑誌が晴雨の絵を「緊縛表現の前史」として掘り起こすとき、背景にはこうした“モデルの身体に刻まれた実験の痕跡”があります。

お葉は、そこで単なる「被虐の少女」だったのかというと、そうとも言い切れません。資料によれば、彼女は十代半ばで晴雨のもとを離れ、その後は夢二や藤島のモデルへとステージを移していきます。

SM文化史の視点で見ると、お葉は

  • 男性作家のフェティシズムに身体を差し出す一方で、
  • 自ら環境を変え、別の芸術世界へ移動することで、
    「縄の中の被写体」から「大正ロマンのミューズ」へとポジションチェンジしていった人物とも読めます。
    後のフェティッシュカルチャーが、モデル/被写体の側に“遊び手としての主体性”を見出していく、その萌芽を、お葉の移動の軌跡に見ることもできるでしょう。

夢二のキャンバスに現れるお葉──『黒船屋』以降のイメージたち

晴雨の元を離れたカネヨは、15歳前後で竹久夢二と出会い、ここで「お葉」という名を与えられます。
以後数年間、夢二は彼女をミューズとし、共に暮らし、渋谷には「夢二通り」と呼ばれるゆかりの地まで残りました。

『黒船屋』──亡き恋人の影を宿すミューズ

夢二の代表作のひとつ《黒船屋》(1919年)は、山吹色の着物に黒猫を抱いた女性像で知られます。このモデルが当時15歳のお葉だとする説は有力ですが、同時に、前年に亡くなった最愛の恋人・笠井彦乃の面影も重ねられていると解釈されています。

ここでのお葉は、

  • 夢二の喪失感を受け止める「器」としての身体
  • 黒猫を抱くことで、画家自身の分身を抱きしめる存在
    として扱われています。SM的な縄の痕は消え、代わりに「精神的な拘束」が濃くなる――そんな読み方もできる作品です。

ポーズ写真・挿絵の中の「大正の顔」

夢二が撮影した写真や、挿絵・装幀に描かれたお葉は、少し伏し目がちで、頬のこけた“病んだ時代の顔”としてしばしば語られます。
晴雨の縄の下では肉感的だった身体が、夢二の前では「虚弱で儚いロマン」の象徴に変換される。ここでも、お葉は男性側のフェティッシュを映すスクリーンとして機能しています。

一方で、藤島武二の絵《蝶》《芳恵》などでは、同じ女性がより健康的でモダンなイメージに変容していると言われ、見る側は「これ本当に同一人物?」と驚くほどです。
この「別人級の変身」こそが、お葉をめぐる一番のフェティッシュポイントかもしれません。髪型と表情、視線の向け方だけで、SMの緊縛モデルにも、大正ロマンの儚いヒロインにも、洋画のモダンガールにもなってしまう。その変容力が、三人の作家を惹きつけ続けた原動力だったのでしょう。

縄の痕からロマンへ、そして日常へ

やがてお葉は夢二とも別れ、医師と結婚して、最終的には主婦として比較的穏やかな晩年を送ったと伝えられています。

SMの緊縛モデル、病的な美人画のヒロイン、洋画に描かれたモダンな女性――
これらはすべて、ひとりの女性・佐々木カネヨが、その時々の関係性や仕事の場に応じてまとってきた「役柄」でした。

SM文化史の観点から見ると、お葉は

  • 大正期の緊縛表現の裏側にいた身体の担い手であり、
  • 画家たちの欲望を映すスクリーンでありながら、
  • 最後には「ごく普通の生活者」へと戻っていった存在
    として、とても象徴的です。

キャンバスや紙面の上ではフェティッシュの対象として凝視され続けた彼女が、現実の時間の中では老い、生活し、ひっそりと亡くなっていく。そのギャップを意識するとき、伊藤晴雨や竹久夢二の作品も、少し違った温度で見えてくるのではないでしょうか。

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