著者について――デイヴィッド・ギレスピーという人
『サイコパスから見た世界 「共感能力が欠落した人」がこうして職場を地獄にする』の著者、デイヴィッド・ギレスピーは、オーストラリア出身の弁護士・ビジネス書作家です。原著のタイトルは『TOXIC AT WORK』で、2023年に出版されました。
弁護士としての実務経験を持つギレスピーは、これまでに「毒親」「有害な人間関係」などをテーマにした著作も発表しており、“人間関係が人生や組織に与えるダメージ”を一貫して扱ってきました。今回の本では、その焦点を「職場」に絞り込み、同僚や上司、取引先など、日常的に接している人の中に潜んでいる「サイコパス的な人たち」を、わかりやすく描き出しています。
日本語版は東洋経済新報社から2025年8月に刊行されました。訳者はビジネス書の翻訳で知られる栗木さつきで、専門的な内容を読みやすい日本語に落とし込んでいます。四六判で約330ページほどのボリュームがあり、心理学の本というより「職場サバイバルの実用書」として手に取りやすい一冊です。
「20人に1人」が職場を壊していく
本書の出発点になっているのは、「サイコパスは連続殺人犯のような特別な存在ではなく、職場にも一定の割合でふつうにいる」という視点です。ギレスピーは、共感能力が低く、罪悪感をほとんど感じない人たちが、約20人に1人の割合で存在すると述べます。
彼らは、他人の感情に無関心である代わりに、人を操ることに長けています。カリスマ性をまとって職場に現れ、
- 自分の評価や地位を高めることには全力を尽くす
- ミスや責任は部下や同僚に押しつける
- 人間関係を分断し、チームを意図的に対立させる
といった行動を、悪びれる様子もなく積み重ねていきます。
本書の特徴は、こうした人物像をただ「怖い」と描くだけではなく、具体的なケーススタディとして再現していることです。ステファニー、アリス、スコットといった一般的な社員たちの視点から、上司ジャスミンに振り回される日々が物語のように語られます。それぞれのエピソードを通じて、サイコパス的な上司がいる職場で、何が起こり、どのように人々のメンタルやキャリアが削られていくのかが、読者にもリアルに伝わる構成になっています。
また、単なる「体験談集」ではなく、脳科学や心理学の研究も交えながら、「なぜ彼らは平然とひどいことができるのか」「なぜ周囲の人は抵抗できなくなるのか」といったメカニズムも解説されています。そのため、読み物としての臨場感と、実務に役立つ知識の両方を得られる内容です。
「戦うな、まずは見抜き、距離をとれ」
本書のメッセージを一言でまとめるなら、「サイコパスと正面から戦ってはいけない」という警告です。東洋経済の紹介文でも、キャッチコピーとして「絶対に彼らと戦ってはいけない」と強い言葉が使われています。
サイコパス的な人たちは、他人の感情に共感しない代わりに、「どうすれば相手を追い詰められるか」を冷静に計算することができます。感情的な正義感で立ち向かおうとすればするほど、証拠やストーリーを巧妙に操作され、「問題があるのは自分のほうだ」と責任をすり替えられてしまう危険があります。
だからこそ本書は、ヒーローのように立ち向かうことをすすめません。その代わりに、
- 相手を「タイプ」として理解し、見抜くこと
- 記録を残す、味方を作るなど、冷静に自衛策を講じること
- 場合によっては「逃げる」ことも、立派な選択肢と認めること
を、繰り返し強調しています。
もうひとつ重要なのは、「組織全体の視点」です。サイコパスは個人の人生を壊すだけでなく、部下同士を争わせ、イエスマンだけをそばに残し、長期的にはチームや会社そのものを弱体化させていきます。著者は、彼らの影響を“職場をじわじわと地獄に変えていく毒”として描き、その毒をどう減らすかを社会全体で考える必要性を訴えています。
「あの職場、おかしくない?」と感じたことがある人へ
この本が特に刺さりそうなのは、「自分の職場、人間関係がどこかおかしい」とうすうす感じている人たちです。上司や同僚の行動に、言葉にしづらい違和感や恐怖を抱えているものの、「自分の感じ方が過敏なだけなのでは」と自分を責めてしまうタイプの人にとって、本書は強い味方になりそうです。
また、マネージャーや人事担当者にとっても、サイコパス的な人物が組織にもたらすリスクを学ぶうえで有用な一冊です。個人の性格の問題として片付けるのではなく、「チームの心理的安全性をどう守るか」「有害な行動をどう見つけ、どう対処するか」という、より広い視点で考えるきっかけを与えてくれます。
さらに、心理学や人間観察が好きな読者にとっても、単なる理論書ではなく、具体的なエピソードとストーリーを通じて「サイコパスから見た世界」が描かれている点は読みどころです。物語として読みつつ、「もし自分の職場に同じような人がいたら?」とシミュレーションできるので、エンタメ性と実用性のバランスがとれた内容になっています。


















